0.はじめに
グルジア語の動詞は一般に1類から4類までの4グループに分類されます。ここで取り上げる移動の動詞はいちおう2類動詞に属するようですが、独特の変化をするため、たいてい別枠で扱われます。
1.移動の動詞の現在形
移動の動詞には共通点が多く備わっています。移動の動詞は一般に現在形において次のような構成をもちます。
前綴り + 語幹 დი (di) + 語尾
※ 前綴りという言い方は私が勝手に使っているだけで、正しくは動詞接頭辞と呼びます。
☞ エクスプレス p.45
〔説明〕
▸ 前綴り:動きの方向を示します。詳細は下記1.3項をご覧ください。
▸ 語幹 დი (di):移動の動詞の現在形は共通してこの語幹をもちます。
▸ 語尾:人称などを示します。
〔動名詞〕
移動の動詞の動名詞=前綴り+svl-a ☞ エクスプレス p.126/Aronson §4.5.4 (p.94)
(動名詞は動詞の代表形で、辞書の見出しなどに使われます)
▸ 移動の動詞全体の代表形には、前綴りのない სვლა (svl-a) を用います。
1. 1 現在形の変化
移動の動詞の現在形は上で見たように語幹 დი (di) が共通していますので、前綴りと語尾が決まれば現在形ができます。
行く(動名詞:mi+svl-a)
移動の動詞を代表して「行く」の現在形を見ることにします。
前綴りは
მი (mi)
語幹は di(共通)
英字の
それ以外の着色部分が人称を表します。
この、人称を表す着色部分は
移動の動詞に共通です。
▸ 表では見やすいようにグルジア語にハイフンやプラス記号を入れていますが、実際には書かれません。
▸ 1・2人称は語尾に接辞 თ (t) を付けると1・2人称複数の形になります。
動詞「行く」mi+svl-a の現在形
人称 |
|
単数 |
|
複数 |
1 |
|
მი+ვ-დი-ვარ (თ)
|
|
|
mi+v-di-var (-t)
|
|
|
ミvディヴァr(t)
|
2 |
|
მი+ დი-ხარ (თ)
|
|
|
mi+ di-KHar (-t)
|
|
|
ミディはr(t)
|
3 |
|
მი+ დი-ს
|
|
მი+ დი-ან
|
|
|
mi+ di-s
|
|
mi+ di-an
|
|
|
ミディs
|
|
ミディアン
|
▸ 前綴り (mi) のあとのプラス記号は、現在形でも前綴りが脱落せずに残ることを表します。
参考 ☞ エクスプレス p, 44/Aronson p.93
〔特徴〕
v と
t の人称接辞は他の動詞と同じです→
v が主語の1人称を、
t が複数をそれぞれ表します。
3人称の語尾が
s と
an になるのは
(語幹が i で終わるときの)第1活用と同じです。
1・2人称では語幹
di の後ろにそれぞれ
var と
KHar が付いています。これは移動の動詞の特徴です。
▸ KHは弊サイトではひらがなの「は」行で表しています。のどの奥で息をこする摩擦音です。
上記3点のうち、上の2つが他の動詞と共通する点、最後の項目が移動の動詞に共通する点です。
その他の移動の動詞
これ以外の移動の動詞の現在形は、前綴りを除いて基本的に「行く」と同じ変化をします。
1. 2 現在形の用途
グルジア語の動詞の現在形は、一般に進行中、継続、習慣などの未完了動作を表します。また、近い未来(これから〜する)にも現在形が使えます。
移動の動詞、とくに「行く」や「来る」などは、「いま行く途中」「習慣的に通う」「これから行く」のように幅広い場面に使用できます。一方、「出発する」や「到着する」などは基本的に変化を表すので、進行中の状態を示すことはなさそうです。
1. 3 前綴りの役割
上で見たように、さまざまな移動の動詞のなかで、それが動詞「行く」(動名詞:mi+svl-a)であることを決定づけるのは前綴りの მი(mi)です。
移動の動詞では、前綴り(動詞接頭辞)は動きの方向を示します。すなわち、前綴りを変えることで、さまざまな移動の動詞が生まれます。また、前綴りは現在形でも落ちずに残ります。このことは、前綴りをプラス記号(+)でつなぐことで示しています。
移動の動詞と前綴りの例をいくつか示します。例によって3人称単数の形を示します。
〈移動の動詞と前綴りの例〉
前綴り |
方向 |
例 |
現在(3単) |
未来(3単) |
მი
|
mi- |
話者や聞き手から離れる |
行く |
მი+დის
|
წა+ვა
|
|
mi+di-s |
TS'a+va |
|
|
|
|
|
მი+ვა
|
|
|
mi+va |
მო
|
mo- |
話者や聞き手に近づく |
来る |
მო+დის
|
მო+ვა
|
|
mo+di-s |
mo+va |
და
|
da- |
不定 |
行き来する |
და+დის
|
და+ვა
|
|
da+di-s |
da+va |
წა
|
TS'a- |
離れる |
出発する |
—
|
წა+ვა
|
|
|
TS'a+va |
შე
|
SHe- |
中へ |
入る |
შე+დის
|
შე+ვა
|
|
SHe+di-s |
SHe+va |
გა
|
ga- |
外へ |
出る |
გა+დის
|
გა+ვა
|
|
ga+di-s |
ga+va |
ა
|
a- |
上へ |
上る |
ა+დის
|
ა+ვა
|
|
a+di-s |
a+va |
ჩა
|
CHa- |
下へ |
下りる |
ჩა+დის
|
ჩა+ვა
|
|
CHa+di-s |
CHa+va |
▸「行く」の未来形は通常、前綴りが წა (TS'a ツァ) になります。出掛けるという変化に重点が置かれるためです。☞ Aronson §4.5.2 (p.93), p.100 注6
▸「出発する」は完了的な意味合いが強い(継続や進行がない)ので現在形はないようです。
☞ エクスプレス p.48
▸ 最後の ჩადის (CHa+di-s) / ჩავა (CHa+va) には(行く側がはるばる)「到着・到達する」という意味もあります。☞ エクスプレス p.80 2項
前綴り mo- の付加
前綴り(動詞接頭辞)の მო (mo) は、移動する側が止まっている側に「来る」ことを示すのでした。
すでに mo- が付いている動詞「来る」を除き、前綴りの後ろにさらに mo- を付けると、その移動は移動する側が止まっている側に「来る」ことを表します。
〈前綴り mo の例〉
შე
|
SHe- |
入る |
შე+დის
|
|
SHe+di-s |
შე-მო
|
SHe-mo- |
入ってくる |
შემო+დის
|
|
SHe-mo+di-s |
ჩჰა
|
Cha- |
下りる |
ჩჰა+დის
|
|
Cha+di-s |
ჩჰა-მო
|
Cha-mo- |
下りてくる |
ჩჰამო+დის
|
|
Cha-mo+di-s |
▸「下りてくる」の ჩამოდის (CHa-mo+di-s) には(来る側がこちらにはるばる)「到着・到達する」という意味もあります。☞ エクスプレス p.80 2項
〈参考〉☞ エクスプレス p.80 2項/Aronson p.42, §4.5.3 (pp.93-94)
2.移動の動詞の未来形
未来形の3人称単数の形はすでに上の表に示しました。前綴り+ v-a というかなりシンプルな形をしていました。代表として「出発する」の未来変化形を以下に示します。
▸ 1・2人称は語尾に接辞 თ (t) を付けると1・2人称複数の形になります。
*「行く」の未来形も一般に下の形を使います。
動詞「出発する」「行く」TS'a+svl-a の未来形
人称 |
|
単数 |
|
複数 |
1 |
|
წა+ვალ (თ)
|
|
|
TS'a+val (-t)
|
|
|
ツァヴァL(t)
|
2 |
|
წა+ხ-ვალ (თ)
|
|
|
TS'a+KH-val (-t)
|
|
|
ツァふヴァL(t)
|
3 |
|
წა+ვ-ა
|
|
წა+ვლ-ენ
|
|
|
TS'a+v-a
|
|
TS'a+vl-en
|
|
|
ツァヴァ
|
|
ツァvレン
|
参考 ☞ エクスプレス p, 48/Aronson p.93
表を見ると、現在語幹の di は影も形もないわ、語尾も不規則だわで、ぐちゃぐちゃな感じです……。気を取り直して特徴を整理すると、次のようになるでしょうか。
1人称:人称接辞の v は語幹 val の最初の v と重複するので消えます。
2人称:人称接辞として KH が使われます。2人称にこの人称接辞が使われるのは、移動の動詞とbe動詞(動名詞:q'opn-a)だけです。
▸ KHは弊サイトではひらがなの「は」行で表しています。のどの奥で息をこする摩擦音です。
3人称:これはもう、そういうものだと思うしかないでしょう……。
3.「行く」と「来る」のまとめ
移動の動詞「行く」と「来る」の現在形と未来形をまとめて示します。前綴り(動詞接頭辞)を変えれば、そのまま他の移動の動詞に適用できます。
▸ 左端の数字は1人称、2人称、3人称単数、3人称複数をそれぞれ表します。
▸ 1・2人称は語尾に接辞 თ (t) を付けると1・2人称複数の形になります。
行く
動名詞:mi+svl-a
学習見出し形:მიდის (mi+di-s)
現在形:
- 1მივდივარ(თ)
- mi+v-di-var(-t)
- 2მიდიხარ(თ)
- mi+di-KHar(-t)
- 3sმიდის
- mi+di-s
- 3pმიდიან
- mi+di-an
未来形:
- 1წავალ(თ)
- TS'a+val(-t)
- 2წახვალ(თ)
- TS'a+KH-val(-t)
- 3sწავა
- TS'a+v-a
- 3pწავლენ
- TS'a+vl-en
▸ 「行く」の未来形は一般に前綴りが mi ではなく TS'a になります。これは「出発する」「出掛ける」という動作に重点が置かれるためのようです。前綴りが mi の未来形もあるようですが、特定のニュアンスを伴うようなので、区別がわからないときは TS'a を使うのがよさそうです。☞ Aronson p.100 注6
来る
動名詞:mo+svl-a
学習見出し形:მოდის (mo+di-s)
現在形:
- 1მოვდივარ(თ)
- mo+v-di-var(-t)
- 2მოდიხარ(თ)
- mo+di-KHar(-t)
- 3sმოდის
- mo+di-s
- 3pმოდიან
- mo+di-an
未来形:
- 1მოვალ(თ)
- mo+val(-t)
- 2მოხვალ(თ)
- mo+KH-val(-t)
- 3sმოვა
- mo+v-a
- 3pმოვლენ
- mo+vl-en
移動の動詞の現在形と未来形の話はこれでおしまいです。